太田金山・標高239m 八王子山・標高180m・累計標高差、約310m 単独)
全所要時間・・160分 歩行時間・・・・180分 |
| 太田市の金山は標高はわずか235.8メートルにすぎないが、天気のよい日には頂上から、なんと富士山などの眺望が楽しめるらしい、歴史ロマンと豊かな自然に恵まれた里山として知られる。 |
大光院は徳川家康が祖新田義重のために慶長18年(1613年)に建てた寺である。呑龍上人を開基とする。呑龍上人は貧困の子供を引き取って育てたと言われ、大光院は呑龍様、あるいは子育て呑龍の名で親しまれている。本堂、庫裏などは創建当時のもの、左手の開山堂は昭和のものとある
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| 可愛い小さな花が・・名前わかりませんけど |
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| 杉の木に顔が彫ってあり沢山置いてある |
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| ハイキングコース案内 コース内は非常に整備されている |
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| 視界も良くほどほどに賑やかで快適に歩くことができる。 |
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| 何の花かな・・・ |
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| 下の東屋から展望台へ登り太田方面の景色を見ていたら隣のおばちゃんに『あんた、さっき下の方から登って来るのを見たのみもうここにいるの』だって・・・別に急いで登って来た訳でもないのにさ! |
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実城入り口&城址銘碑
廃城後400年以上経過し、当時の建物こそ残っていないが、戦国時代の中心的な防御施設である土塁・堀切などや、これらを巧みに配した曲輪の遺構が明瞭に残っています。 |
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| 昭和9年に国史跡の指定を受け、平成4年度から発掘調査が開始され、その結果、関東の山城に石垣は無いという城郭史の定説を覆す“石垣・石敷きを多用した”珍しい城であることが解りました。 |
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物見台跡
展望台は、調査で確認された柱穴の位置を表示するための施設で、物見矢倉の復元ではありません |
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| 物見台跡展望台から見た赤城山方面です。 |
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| 大手の通路から二の丸方向を見たものです。大手通路を進む敵に対して、両サイドの高いところから攻撃出来るようになっています。また石垣は高さが低いためか、二段三段と重ねて造られています。 |
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水の手曲輪の日ノ池
戦勝や雨乞いなどの祈願をおこなった場所でもあるようです。平安時代の遺物も発見されていることから、古くから神聖な場所とされていたようです。写真の日の池より一回り小さい月の池も下にあります。 |
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| 今年お初のつつじの花だよ〜 |
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| 新田神社(金山山頂)から樹齢800年の金山の大ケヤキを見下ろす。下の二人は金山駐車場展望台からずーと歩くペースが一緒になっていた若い娘とハゲた親父のカップル(親子みたいだけど孫かな?気になる) |
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| 八王子山へ登山(散歩へGoo〜) |
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| 頂上ではとにかく面白いおじちゃんとおばちゃんがいた。花粉症みたいでみんなマスクをしていた(おばちゃんがリーダーみたいだ)帰りにこの辺でよく遭難する人がいるので気をつけてね?と笑いながら言われた(良い人達だ) |
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| 八王子山から一般道を横切り再び先ほどの東屋方面へ登り込む。 |
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| 東屋から左手へ行き急な坂道を金竜寺方面に歩いて行く |
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| 曹洞宗の寺で山門から境内に入ると、七福神 |
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| 菜の花のアップでございます。先日、お浸しにして酒のつまみで食べました。花はこんなにきれい。 |
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| 金竜寺から大光院を向う途中、桜の花と菜の花と何故か、かかしのハーモニーが絶妙だった。 |
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| 大光院はまだまだ参拝客が沢山いて賑やかだった。 |
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太田金山子育て呑竜 |
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| 大光院は徳川家康が祖新田義重のために建てた寺である。呑龍上人は貧困の子供を引き取って育てたと言われ、大光院は呑龍様、あるいは子育て呑龍の名で親しまれている。 |
まとめ
天候・晴れのち曇りのち晴れ
出会った人=多数で数え切れない
疲労度=今回はハイキングです。:★☆☆☆☆
総評:★★★★★
おまけ、桜が思ったより多く咲いており、多種多様の人たちが気兼ねなくハイキングをしていた。まして太田金山場まで車で行けるのだから。 |